「天鳳」は麻雀ではなく「天鳳」という名の別のゲーム

麻雀ゲーム

ネット麻雀の王道とも言われる「天鳳」ですが、上のほうへ行けば行くほど麻雀ではないゲームが行われている。

ゲームのルールはたしかに麻雀ではあるのですが、プレイヤーの目的が麻雀本来のものとはかけ離れてしまっている。

だからあれは「麻雀」ではなく「天鳳」という名の別のゲームです。

説明していきましょう。

 

麻雀は順位を競うゲームだが天鳳は違う

麻雀は順位を競うゲームです。プレイヤーはトップ、またはなるべく上位になることを目指します。

それが麻雀というゲームの本来の姿であり、これが本筋であることは間違いありません。

わざわざラスや下位になることを目指したりしないでしょう?

 

天鳳は本筋がズレている

ところが、天鳳は段位システムの仕様上、これが本筋にはなっていません。

天鳳では「ラスを回避する」ということがプレイヤーの目的になってしまっているんです。

 

天鳳で段位を上げるためには、一定数のポイントを稼ぐ必要があります。トップのポイントは大きく、2着は少なめ、3着は0、そしてラスは減点されます。

上へいけばいくほどラスの減点は増えますが、3着が0というのは変化しません。

つまり、とにかくラスさえひかなければ上へと上がっていける仕様なんです。

 

段位の上を目指している人ばかりではないでしょうけれども、大半の方が上の段位を目指していると思います。

 

本筋がずれていても途中までは普通に遊べるが・・・

段位システムの仕様上、二段まではわりと健全に遊べると思います。

麻雀本来の目的であるトップを目指して打つことでも、二段まではわりと簡単に上がっていけるからです。

 

ところがですねぇ、そこから上へ上がっていくためには、「ラスをひかない」ということが重要になってきます。

「順位で上を目指す」ことよりも、「ラスをひかない」ことに重きを置かないと、段位を上げるのは難しいでしょう。

 

でもこれは、「麻雀ではないことを一生懸命に頑張らなくてはいけない」ということになるんですよ。

本筋がズレてますからやっぱり麻雀ではないんです。天鳳という別のゲームなんです。

私は四段ぐらいまで上げて嫌になってしまい途中で止めました。ツマラナイを通り越して気分が悪くなりました。

 

天鳳は上へいけばいくほど他人を蹴落とすゲームになる

特に私のように雀鬼流が好きな人間にとっては、天鳳で上の段位を目指していくことには強い抵抗があるのではないかと思います。

「こういうことをすればそのうち上へ行けるな」

っていうのはすぐにわかるし、やろうと思えばできなくはないのですが、そもそもそういうことをしたくないわけですよ(^_^;)

 

「こういうこと」というのは、一言で言えば「自分が助かるために他人を蹴落とす」というようなたぐいのことです。

そういうことを一生懸命に頑張りたくないわけです。

美学というか美意識というか、私はそっちを大事にしたいんです。またそうすることで上達してきたという自負もあります。

 

だからといって天鳳で上の段位を目指している人達のことを否定するつもりはありません。

ただし、天鳳で上に上がっていくことと、麻雀が強くなるということは別物ですよ。

鍛える部分がまったく違いますからね。

 

「天鳳で上の段位を目指す」のは強くなる道ではない

以前に書いた記事のこれは天鳳のことだ。名前を出してしまっても問題ないような気もするが、まぁとりあえずはやめておきましょう。

オーラス和了りトップならほぼ100%いく
某麻雀ゲームの某場所に麻雀のクイズみたいなものがあって、ちょこっとのぞいてみたんですが・・・ 唖然としてしまいました 明らかな間違いが明記されていたからです 大雑把に言うと、オーラスで立直がかかってトップ目の自分も...

 

↑の記事では「明らかな間違いが明記されていた」と書いてしまっていますが、この記事を書いた時の私はさっき書いた天鳳の段位システムの仕様をよく知らなかった状態です。

だから麻雀ではこの状況の選択肢は「リーチかダマ」かしかないのに、この人は「ベタオリするのが正解」などとわけのわからんことを書いている。

 

だから「この人は何を言ってるんだ」という話になっていくわけですが、天鳳の仕様をよく理解した上でならば、この人の言うことは間違ってはいないということになります。

「トップを取る」ことよりも「ラス回避」を最重視するのは当然です。

ただし、あくまでも天鳳での話ですよ? 麻雀ではこの判断はやっぱり間違いなのです。

 

天鳳はローカルルールのうちの一つ?

つまりですね、この判断は天鳳という狭い世界(ローカルルール)では正しいと言っても良いのですが、麻雀という広い世界ではやっぱり間違いなんですよ。

言わば、ある特殊な地方では通用するけど世界大会じゃ通用しないというような判断です。

そう言い換えてもいい。

 

そんな判断を毎日毎日ひたすら選択し続けて数百回、数千回と繰り返してみなさい。

出来上がるのはもはやその環境に特化された特殊な人です。

確かに天鳳では強いかもしれませんけど、だからと言って麻雀でも強いことにはなりません。

 

さっきの記事のあとがきで、

「どうしてこんな考えの人間が出来上がってしまったんですかねぇ・・・」

と不思議がってますが、最近になってようやく納得のいく答えを見つけたわけです(^_^;)

 

彼はある意味で「天鳳」というゲームの暗黒面に飲み込まれてしまった犠牲者かもしれませんね。

まぁ・・・健全な思考や価値観を大事にしてきている人なら、自分で気付いて離れる、のめり込まない、というような選択をするとは思うので、やっぱり自業自得なのかもしれませんけどね(^_^;)

 

あとがき

天鳳で上を目指すための能力と、麻雀が強くなるための能力は、重なっている部分もあるにはあるだろうけれども、そもそもの目的が違っているので絶対に無駄が多くなる。

それに、正反対な部分が大量に存在するのは明らかだ。

 

いやね、確かに不自然さはずっと感じていましたよ。

 

「この人達はいったい何を目的にしているんだ?これは麻雀ゲームだろ?ちゃんと麻雀をしようよ」

「えー?なにそれー?お金賭けてない麻雀なのにそんなことするー?」

「うっわ・・・そんなことフリーでやったらトラブル必死だぞ・・・」

「子のドラ切りリーチに対して親がドラの対子落としに中スジの赤5切りって・・・なんじゃそりゃ?」

 

もうね、わけがわからない行動が多すぎて理解不能なわけです(^_^;)

まるで価値観が違うことが行われているので意味がわからないんです。

私が10年ぐらい麻雀から離れているうちにいったい麻雀業界で何があったんだと・・・。

 

で、真面目に天鳳のマニュアルをチェックして、さらにネット上でいろいろと情報を集めて、ようやく納得できる答えが見つかりました。

天鳳は麻雀ではないんだと。天鳳と言う名の別のゲームなんだと。

 

それが答えです。

この答えを得てから彼らの行動を見て、

「あ、そういうことだったのか」「まさかそんな○○な思考だったとは・・・」

ということになったわけです。

 

天鳳には世話になりましたが、私は天鳳で上の段位を目指すことをおすすめいたしません。(世話になったので目立たない深い位置にこっそり書いておきますw)

必要となるスキルが、麻雀が弱くなる原因になると思うからです。

 

軽い調整気分で遊ぶ程度なら何も問題ないでしょうけど、上へ行けば行くほど邪悪(笑)なスキルが必要になると思います。

麻雀が強くなるために必要なスキルはそれじゃない。

私はそう思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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