麻雀で勝ちたいならツキを意識しないと

初心者や未熟な人が麻雀で勝つ時はその人に大きなツキがある時です。

そういう時は麻雀の実力はあまり関係なくて、単にツイている人が勝ててしまえるのも麻雀です。

 

もうそこには理屈もへったくれもありません。

ツキさえあれば良い配牌と良いツモ、わかりやすい形が来てほとんど迷うこともなくトントン拍子に手が進み、立直をしたら一発で高めをツモり裏ドラまで乗ってしまう。

いわゆる「バカヅキ」というやつですね。

雀歴10年以上の実力者が初心者に何度も負けてしまうようなこともけっして珍しくありません。恐ろしい話ですが残念ながら事実です。

だから麻雀で勝ちたいならツキについて意識する必要があります。

 

オカルトなんて言わずに

麻雀でツキを語る時にどうしても出てくる問題として、「非科学的なことだ」という批判にさらされてしまうことがあります。

「科学的な根拠がないオカルト論だ」

・・・っていう、私にとってはもはやお馴染みのフレーズです。そういう人はどこにでも必ずいるんです。っていうよりは、おそらくそういう人のほうが多いと思います。

もしかしたら今これを読んでくれているあなたもそうかもしれませんね(^_^;)

 

ただ私はこれについて他人様と議論するつもりは一切ありません。

ツキや流れは存在しますが、それを科学的に証明することができないということも、私はよーくわかっています。もうそれこそうんざりするほどに、です。

 

でも私にとっては議論すること自体が意味がありません。

なぜならば、彼らは「科学的な証明」とやらを求めますが、私はそれが不可能であることを理解しているからです。

 

何度だって言いますが、ツキや流れは理屈じゃありません。経験則として初めて「存在する」と知ることができるものです。そしてそのためにはツキや流れの存在を意識し続ける必要があります。

ツキや流れについて意識し続けることができない人にはいつまで経っても絶対に見えてくることはありません。

 

「オカルトだ」「非科学的だ」「そんなのあるわけない」

こんな言葉で片付けてしまっている人には絶対に見えないものなんです。こういう人は「見えない」というよりは「見ようとしていない」んです。

 

だからそもそも接点がないんですよ。議論したって絶対に噛み合わないし、いつまでたっても同じことの繰り返しで堂々巡りになってしまいますから、お互いに時間の無駄なんです。

私としましては、ツキや流れを信じない人をどうこうしようという気はありません。

見ようともしていない人に「大事なことなんだからちゃんと見ろ!」って言ったってしょうがないでしょう?

 

だいたいそんなことをしてあげる理由もありません。

私からしてみたら「あ、そう」で終わりです。

 

でもまぁ・・・ここまで読んでくれているような人は、ツキや流れについて「すこしは興味がある」ってことでいいと思うんですよね。

または、

「非科学的なことは信じられないけど気にはなる」

ってところでしょうか?(^_^;)

 

以前の私も実はそんな感じでした。ツキや流れは気にはなるものの今一つ存在が疑わしい。

でも確率論では説明がつかないことが、連続して何度も発生するのを目の当たりにすることが日常的になった時、「どうやら存在するらしい」と思えたわけですよ。

そしてそれはすぐに「存在する」に変わりました。

そんなもんです。

 

オカルトなどと言わずに意識してみましょう。

まずはそこからです。

こちらの記事のあとがきに書きましたが、確率論や科学にしがみつくのはあまりカッコいいものではありません。

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でも私はそういう人を止めたりはしません。どう考えるかは個人の自由です。

またツキや流れを科学的に証明することはできません。

でも意識し続けることでだんだん見えてくるんです。

 

ツキや流れは意識することで初めて見えてくる

麻雀を長くやっていると自然と感じることだと思うんですが、麻雀ではとても理不尽なことが大量発生することがあるんですよ。

 

・たった1枚しかない和了り牌を立直一発で引いてきた

・2局連続で役満に振り込んだ

・多面聴が単騎待ちに負けた

・嵌張、辺張が連続で入った

・明らかに変なことをやっている人が勝ち続けた

 

ここにあげたのはほんの一例ですが、時間さえあればいくらでも思い浮かぶものです。

ちなみに2局連続で役満に振り込んだことがあるのは私ですw

 

あれはとても調子が良い日のことで、

8000、4000オール、4100オール、6200オールと和了り続けて80000点近くのダントツトップの状態で他のメンツはまさに瀕死の状態でした。

これは私にツキがあったというよりは、自分でうまくツキのある状態に出来たからこそそうなったと言えます。でもここで私は油断してしまうんです。

 

勝ったな、と思ってしまったんですね。もう楽勝だしみんな瀕死だから誰か飛ぶだろ。

そんな感じで打っていて軽い手順ミスをしてしまったんです。

その局はそのまま誰かが和了って終わったのですが、次の局にそれは発生しました。

 

前局の軽い手順ミスをしたその牌と同じニュアンスの牌を切ったことを覚えています。

それが対面の四暗刻単騎に振り込みました。

32000点を振り込んだのに、それでもまだ自分がトップという異様な状況です(^_^;)

 

で、次の局は私がタンピン系か何かで先行リーチをして・・・すでに發を鳴いていた上家が白をポン

げ・・・そのあと私がつかんだのは中ですw

リーチしてますから切るしかありませんが、上家はそれをポン

うおお 当たらなくても責任払い確定

で、たしか三筒でロンされて大三元

 

こんなことあります?w

役満が2局連続で出ることだってすでに珍しいのに、2局連続で役満に振り込んでまだ立っている。

どう考えても普通じゃありませんよ。

ちなみにその後はもう何をやっても裏目裏目と引いてきて結局その半荘は自分が飛びました。

 

80000点近く持っていたのに飛ぶって。。。いやー怖いですよねー

 

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これは後から考えると「自分が練り上げたツキを手順ミスによって手放してしまった」ということになります。

そのツキを拾ったのが対面と上家の人だったわけです。

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さて、自分は発生した事象をツキや流れを意識したうえで、上記のように覚えておいてその後の麻雀に活かそうとします。この例は忘れようにも忘れられないのでいまだに覚えていますが、すでに自分の中で消化は済んでいます。

 

普段からツキや流れを意識していない人は、こういうことがあっても特に何も考えないのではないでしょうか?

「珍しい出来事だけどそれも確率のうちだ」

・・・で済ませて終わらせてしまうと思うんです。

 

これだとツキや流れは見えてこないんですよ。

「珍しい出来事が発生した」ってことは、言い方を変えれば「確率的に低い事象が発生した」ということです。

これが連続して何度も発生しても不思議に思わないのでしょうか?

 

「珍しい出来事だけどそれも確率のうちだ」

・・・で何度も終わらせてしまうのか、それとも、何も考えていないのか?

 

もしそうなら非常にもったいないと思います。

「確率の低いほうを引いてくる流れ」に気付くチャンスをフイにしているからです。

 

意識していれば見えてきますが、意識せず見ようとしていないならそれは絶対に見えません。

いまだにデジタル派とか言っているような人はそういう人達だと思います。

 

あとがき

長くなってしまったのでこの記事はここでいったん切りましょう。

麻雀で勝ちたいならツキについて理解する必要があることは、実は多くの人がわかっていることだと思うんです。

でもツキとか流れってよくわからないし、本当に存在するのかもよくわからない。

 

目に見えないものなんですからそう思ってしまうのは当然です。

それに科学的根拠だとかを重視する風潮がありますから、そういうものを疑問視してしまうのも無理はありません。

現代社会では目に見えないよくわからないようなものは軽視されていますし、そういうものを信じようとする人を愚かだとするような考えの人も多くいます。

 

でもよく考えてみてください。

科学が万能なら人間は何でもできるし何でも知っているんじゃないですか?

 

まだまだ科学は未発達な学問です。

だって地面を歩いている蟻の生態すらよくわかっていないんですよ?

人間は自分の体のことだってよくわかってないじゃないですか。

 

それからこれはよく言われることですが、数学的な考え方にも限界があることはわかりやすい形ですでに存在してます。

割り切れない数字がありますよね?

1を3で割ろうとしても数学では割り切れません。

これがデジタルの限界と言えます。

 

でも一つのケーキを3つに切り分けることはアナログなら可能なんです。

 

科学や数学で説明できないことだからって否定するのは簡単なのですが、実はそれではほとんど何も否定できていないんです。

それなのに偉そうに科学的根拠だ確率論だと声高に言っている人達が大勢いる。

まるで権威のように、ね。

 

まぁ、そういう人達は「自分の納得できること」しか納得しようとしませんから、議論することがそもそも無意味なんだと思います。彼らは納得できないことを否定し、納得できることを肯定するだけなんです。

自分の知っている世界のことしか肯定しようとしないわけですから、それだけ視野が狭いと言えます。

 

ここまで読んでくださったあなたは、おそらくそういう人ではないのだとは思いますが、私の書いたことをそのまま鵜呑みにすることもやめてほしいと思います。

答えは自分で考えて自分で見つけ自分で選択するものです。

麻雀もそれは同じです。

 

長々と最後まで読んでくださりありがとうございました。

 

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